うつ症状、またはうつ状態(以下、うつと述べます)は、精神疾患の中ではごくありふれたものです。躁状態などごく一部の疾患を除いて、ほとんど全ての精神疾患にうつが併発しやすい症状だからです。
またストレスや心の悩み自体がうつをもたらす可能性があるためです。
しかし、ここでややこしいのは、うつであることが、必ずしもうつ病を意味しているわけではないということです。うつそのものは、喜怒哀楽と同様、人に備わった自然な感情といえます。
挫折や喪失といったものが生きている限り避けられない体験であるのと同時に、そこに伴う失意、苦悩といった感情は避け難いものです。
そして、そうした感情がある程度の強さで持続するならば、それをうつという括りで単純に分類してしまうことは可能です。
挫折や喪失を経験しても、うつ的要素が一切なく平然としていられるならば、それはそれでむしろ特殊な心理状態であると思われます。
ですから、うつそのものは、症状や状態像として程度の差こそあれ、存在すること自体、必ずしも病的ということではありません。
うつ状態とうつ病という疾病とは、ある程度切り離して考えた方がいいでしょう。
私は、うつが人に備わっているのは、何らかの意味があるためと考えています。
うつになると、身体も精神も活動性が低下し鈍くなります。それは、ストレスをやり過ごそうとする防御反応であり、また、その間のエネルギー蓄積を促し、消耗を最小限に抑えようとする生存本能によるものなのかもしれません。
また、不自然な生き方や不適切な環境を見直すための気づきを与える、そんな心のサインなのではないでしょうか。
ですから、自然な状態としてうつが存在しているのであれば、それを闇雲に取り去ろうとする発想にどこかいびつさを覚えることもあります。その人が、自身の生き方を振り返り軌道修正するというチャンスをみすみす逃してしまうような事態だけは、避けたいものです。
一般的にうつ病ではなく、(純粋な?)うつ状態が問題となる場合、心理的または社会的アプローチが有効であるケースが多いように思います。心理的ストレスが明確な原因として存在する場合や、社会経験が不足している場合、特に若年層でこうしたケースが多くみられるように感じます。
しかし、これがうつ病となると話は別です。
うつ病においては、人の個性や生き方、もしくは日常的ストレスのみからでは説明の困難なケースがかなりあります。これは、心理的問題というよりは、身体や脳、神経の問題、すなわち純粋に生物学的疾患と捉えた方がいいでしょう。
もはや、その人自身の責任や努力のみでカバーするものではなく、場合によっては、家族や医師の判断に委ねた方がいい場合もあるでしょう。緊急を要することもあるため、とにかく早期診断、早期対応が必要となります。
治療手段としては、必然的に身体や脳、神経に対する直接的なアプローチが有効となります。
症状のみで、うつとうつ病とを見分けることは困難です。抑うつ感、意欲低下、悲哀感などの精神症状や不眠、食欲低下等の自律神経症状はどちらにも認められる症状です。それ以外に、発病前後での人格的連続性や発病後の異質感、自己への過小評価等、精神病理学的所見は見極めにおいて重要な判断材料になりますまた年齢、生活歴、遺伝負因、身体合併症、内服薬の有無なども重要です。
前回もお話ししたように、現在普及している操作的診断を用いるのみでは、うつとうつ病との区別は困難と感じます。
正しい診断のためには、医師の経験や技量、患者様をよく観察し目の前にある症状と向き合う熱意が必要となってくるのです。